• 合成魚博物館
    佐々木真秀
    私たちの体の中には40億年分の記憶が詰め込まれている。
    地球が誕生してから、最初の生命である原核単細胞生物が出現したのが約40億年前。私たちは目に見えない小さなバクテリアから始まり、核膜を持つ真核生物、複数の細胞から成る多細胞生物、さらに背骨を持つ脊椎動物、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類… と気の遠くなるような時間をかけ進化してきた。無数に枝分かれし、ある種は絶滅し、ある種は生き残り次の世代を繋いでいく。その繰り返しの結果私たちは今ここに、たまたまヒトとして存在している。私たちのDNAには40億年前から今に至るまで進化の過程で辿ってきた祖先の記録も刻み込まれているのだ。
    中でも私たち四肢動物の共通祖先は魚類である。ゾウ、ウサギ、ニワトリ、カメレオン、そしてヒト。今でこそ、それぞれ全く違う形質と生態を持つ生き物だが、遥か遠く遡れば「魚」という共通の祖先に行き着く。言ってしまえばみな遠い親戚である。この進化と私たち生物同士の関係の不思議さに魅せられ、そこから着想を得て、魚と動物のキメラ「合成魚」という奇妙な架空生物が私の頭の中で誕生した。合成魚は「生命はみな親戚」ということを端的に表す記号なのである。
    制作を進める上でもう一つテーマとしたのが物のリアリティーでどこまで人を騙せるか、ということだ。そこで参考にしたのが1961年に刊行された「鼻行類」という本だ。これは架空の生物「鼻行類」を解説した動物学論文のパロディー書籍である。この鼻行類、鼻で歩いたり、鼻で釣りをしたりと現実ではありえないような実に奇妙な生物だ。しかし本の内容は極めて学術的で、緻密なスケッチ、骨格や筋肉の構造、生態に関する事細かな記述など作り込みが完璧であまりにも説得力があったため、本当に鼻行類が存在すると錯覚してしまう人が続出したという。人は専門外の学術的なことをまことしやかに書き立てられると信じざるを得なくなってしまう。嘘だろうけれど、ひょっとしたら実在したのかもしれない。合成魚を通してそれぞれの人が持つ「常識」を少し、ぐらつかせる事ができれば本望である。